続・存在感たっぷりなテレビ。でも僕の中では無いも同然。
先日、テレビ番組が反乱軍に占拠されたという話をしたが、実はこの話には続きがある、エピソード2だ。今回は反乱軍の目を盗んで、秘密裏に自分が見たい番組録画を遂行していたのだが、果たして反乱軍に気づかれずに見ることはできるのか?
まずは、前回の『テレビの無い生活』を読んでない方のために。
前回は、反乱軍によって洗脳されかけた僕を救ってくれた、僕も一緒に見たい!『アニメ』の逆襲劇でしたが、僕はアニメだけで我慢できる人間では無い。もちろん、他のアダルティな番組も見たい。情報番組、バラエティー、グルメ、ワイドショー、昼ドラ、テレビショップ・・ナドナド。
しかし、テレビを見る時間が無いのだ。テレビを占拠されてしまった今、子供がテレビを見ない時間がチャンスなんだけど・・・。
実はこれも困ったことになっている。子供がず〜とテレビを見ているわけではなく、もちろん勉強や部屋でおもちゃ遊びや外遊びもする。そんな時は大体僕も一緒に駆り出される。つまり、子供がテレビを見ない時間でも、僕はテレビを見れないのだ。以前、子供が隣でおもちゃ遊びに熱中している時に、テレビを見ようと試みたが、ものの3分で、おもちゃを放棄!「そのテレビやだぁ〜」だの「うるさい」だの、逆にテレビの横で「大声で歌い出す」だの、膝の上に無理やり乗ってくるだの、しまいにはテレビの前を陣取り僕にテレビを見せないように邪魔するだのだの。。。テレビをつけているだけで、内容はさっぱり頭に入ってこない。
こうなってくると、もう最後に残されている時間帯は一つしかない。
・・・子供が寝た後の『深夜』だ!!・・・・
しかし、その深夜枠も既に内職で使われている。
その内職の実態を知らない方は、『秘密の内職』をお読みください。
どうする俺!
もうテレビを見るのに残された時間は無い。
そして、既に撮り溜めた番組の数は100を超えている。
この過去の番組達の運命を決める時が来た。
結局、夜中に1つづつ番組消去しました。
100以上の番組を見るわけでもなく、ただ消去していくのに録画する意味があるの? 良かれと思ってやったことが、矛盾した結果になってしまった。ちょっと切ない。そんな切なさの中、ふと昔の記憶が蘇った。
僕が都銀に用事があって窓口で順番待ちしていた時の話。当時はまだ消費税が5%の時代だった。一人の老人が銀行の受付にビニール袋を持ってやってきた。老人は袋の中を受付に見せ「両替を頼みたい」と言っていた。受付が袋の中の大量の小銭を見て「硬貨何枚になりますか?」と尋ねる。すると老人は「1円玉と5円玉ばかりだけど、300円はある」とコツコツ貯めた小銭を自慢げに笑顔で答える。そして受付は表情を変えることなく、淡々と「両替手数料が315円となりますが」と。コツコツ貯めた自分のお金を300円両替しに来た老人が、315円を銀行に払う羽目に!?
切なすぎる・・・。思い出したくない過去の記憶が蘇ってしまった。
まっ、そんなことより、どっちみち録画を消去する過程で子供の番組も消しちゃいましたけど。何か?