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砂漠に一人で行ったのか 砂漠で一人になったのか

砂漠に一人で行ったのか 砂漠で一人になったのか

表現力の最大の力は想像力だ!

前回の題目での表現力の強化については僕なりに「上手いっ! よいしょっ!」
って思ったんですが、無理があったかなと。
方言は、知らない人が聞けばそのトーンやリズムで、聞く楽しさも交えて楽しめるが、方言を文章として活字で読むとなると意味を理解してなければ分からないし、トーンやリズム、発音が分からなければ尚更意味不明な点が出てくる。
読者をその地域限定でアピールすれば良いのだが、僕の場合はそれができない。

ちなみに、前回の表現力強化についてはこちらをごらんください↓

そこで、今回は更に表現力についてを考えていこうと思う。

主夫のブログと言っておきながら、子育てや家事の記事ではない。
もう、主夫ネタなんてどうでもいい。
こうなったら、ブログの書き方ブログだ!

表現力を高めるために、色々考えると、どうやら読み手がイメージを文章から簡単に描くことができるかどうかのようだ。つまるところ、文書なのに読んでて頭の中にうまく映像が出てくる文章かどうかだ。
では、どうやって読み手の頭の中にイメージを映像化して理解してもらうことができるんだろ?

例えば、『例え』がイメージを作るのに適してるのではないか?
例えによって、読み手の頭の中にある経験や感覚をイメージして映像化しやすいのでは?

例えば、
砂漠の中に一人で立っている。
この場合、砂漠に一人で行ったのか? 砂漠で一人なってしまったのか?
どちらなのか想像してみてください。
砂漠自体は読み手の経験や感覚で変わりますが、「砂漠に一人で立っている」イメージは映像化できたでしょうか?

そう、「例えば」という言葉を使えば、想像がしやすくなる。文章の表現力がつき、文章を読み手が想像しながら読みやすくなる。

更に加えると、
例えば、
砂漠の中に一人で立っている。
さっきまで一緒にいたツアーの仲間に見られまいと、何もない砂漠の中で用を足せるところを探していたら迷って一人になってしまった。恐らく昨日の夜に食べた現地の料理が原因だろう。とにかく仲間を探すのは後だが、しまったことに紙がない。あるのはスーパーのビニール袋が一枚だ。果たしてビニールで拭くことは可能なのだろうか? 拭いたら広がってしまうのではないか? 仲間を探して紙をもらうことが先だろうか? しかし仲間の姿は視界に入っていない。。。。

なんとなく想像がより鮮明になる。
あくまで、例えですよ。例え。 僕の経験談では無いですよ。苦い経験談では。。。

これだ!
例えを多様化しよう。
文章に例えを強化して表現力を高めて、イメージをさせることでより理解力を上げてもらうブログとはどんなものだろう?
例えば、
外人が他国語で話してきたが、ボディーランゲージと顔の表現を多様化してもらうことで理解度が増すようなもの。
もっと例えるなら。
自動清算機のレジで毎回店員に手取り足とり使い方を教わるようなもの。
更に例えるなら、
スーパーで迷子になって、気づいたら知らないオバサンの手を握ったりするようなもの。
全てまとめて例えるなら、
先生のことを「お母さん」って呼んでしまうようなもの。

House papa
House papa

分かりづらいブログを例えるなら、このブログだね。

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